処々《ところどころ》田の水へ、真黒な雲が往《い》ったり、来たり。
 並木《なみき》の松と松との間が、どんよりして、梢《こずえ》が鳴る、と思うとはや大粒な雨がばらばら、立樹《たちき》を五本と越えない中《うち》に、車軸を流す烈しい驟雨《ゆうだち》。ちょッ待て待て、と独言《ひとりごと》して、親仁《おやじ》が私の手を取って、そら、台なしになるから脱げと言うままにすると、帯を解いて、紋着《もんつき》を剥《は》いで、浅葱《あさぎ》の襟《えり》の細く掛《かか》った襦袢《じゅばん》も残らず。
 小児《こども》は糸も懸けぬ全裸体《まるはだか》。
 雨は浴《あび》るようだし、恐《こわ》さは恐し、ぶるぶる顫《ふる》えると、親仁が、強いぞ強いぞ、と言って、私の衣類を一丸《ひとまる》げにして、懐中を膨《ふく》らますと、紐を解いて、笠を一文字に冠《かぶ》ったです。
 それから幹に立たせて置いて、やがて例の桐油合羽《とうゆがっぱ》を開いて、私の天窓《あたま》からすっぽりと目ばかり出るほど、まるで渋紙《しぶかみ》の小児《こども》の小包。
 いや! 出来た、これなら海を潜《もぐ》っても濡れることではない、さあ、真直《ま
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