草鞋《わらじ》、かっと眩《まばゆ》いほど日が照るのに、笠は被《かぶ》らず、その菅笠《すげがさ》の紐に、桐油合羽《とうゆがっぱ》を畳《たた》んで、小さく縦《たて》に長く折ったのを結《ゆわ》えて、振分《ふりわ》けにして肩に投げて、両提《ふたつさげ》の煙草入《たばこいれ》、大きいのをぶら提《さ》げて、どういう気か、渋団扇《しぶうちわ》で、はたはたと胸毛を煽《あお》ぎながら、てくりてくり寄って来て、何処《どこ》へ行《ゆ》くだ。
 御山《おやま》へ花を取りに、と返事すると、ふんそれならば可《よ》し、小父《おじ》が同士《どうし》に行って遣《や》るべい。但《ただし》、この前《さき》の渡《わたし》を一つ越さねばならぬで、渡守《わたしもり》が咎立《とがめだて》をすると面倒じゃ、さあ、負《おぶ》され、と言うて背中を向けたから、合羽《かっぱ》を跨《また》ぐ、足を向うへ取って、猿《さる》の児《こ》背負《おんぶ》、高く肩車に乗せたですな。
 その中《うち》も心の急《せ》く、山はと見ると、戸室《とむろ》が低くなって、この医王山が鮮明《あざやか》な深翠《ふかみどり》、肩の上から下に瞰下《みおろ》されるような気がしま
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