四
「馬士《まご》にも、荷担夫《にかつぎ》にも、畑打《はたう》つ人にも、三|人《にん》二|人《にん》ぐらいずつ、村一つ越しては川沿《かわぞい》の堤防《どて》へ出るごとに逢ったですが、皆《みんな》唯《ただ》立停《たちどま》って、じろじろ見送ったばかり、言葉を懸ける者はなかったです。これは熨斗目《のしめ》の紋着振袖《もんつきふりそで》という、田舎に珍《めずら》しい異形《いぎょう》な扮装《なり》だったから、不思議な若殿、迂濶《うかつ》に物も言えないと考えたか、真昼間《まっぴるま》、狐が化けた? とでも思ったでしょう。それとも本人|逆上返《のぼせかえ》って、何を言われても耳に入らなかったのかも解《わか》らんですよ。
ふとその渡場《わたしば》の手前で、背後《うしろ》から始めて呼び留めた親仁《おやじ》があります。兄《にい》や、兄《にい》やと太い調子。
私は仰向《あおむ》いて見ました。
ずんぐり脊《せ》の高い、銅色《あかがねいろ》の巌乗造《がんじょうづくり》な、年配四十五、六、古い単衣《ひとえ》の裾《すそ》をぐいと端折《はしょ》って、赤脛《からずね》に脚絆《きゃはん》、素足に
前へ
次へ
全59ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング