俯向《うつむ》いて行《ゆ》くのであった。
「そして確《たしか》に、それが薬師《やくし》のお告《つげ》であると信じたですね。
 さあ思い立っては矢《や》も楯《たて》も堪《たま》らない、渡り懸けた橋を取って返して、堤防《どて》伝いに川上へ。
 後《あと》でまた渡《わたし》を越えなければならない路ですがね、橋から見ると山の位置《ありか》は月の入《い》る方へ傾いて、かえって此処《ここ》から言うと、対岸《むこうぎし》の行留《ゆきどま》りの雲の上らしく見えますから、小児心《こどもごころ》に取って返したのが丁《ちょう》ど幸《さいわい》と、橋から渡場《わたしば》まで行《ゆ》く間の、あの、岩淵《いわぶち》の岩は、人を隔てる医王山の一《いち》の砦《とりで》と言っても可《よ》い。戸室《とむろ》の石山《いしやま》の麓が直《すぐ》に流《ながれ》に迫る処《ところ》で、累《かさな》り合った岩石だから、路は其処《そこ》で切れるですものね。
 岩淵をこちらに見て、大方《おおかた》跣足《はだし》でいたでしょう、すたすた五里も十里も辿《たど》った意《つもり》で、正午《ひる》頃に着いたのが、鳴子《なるこ》の渡《わたし》。」

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