にも躓《つまず》かず、衣物《きもの》に綻《ほころび》が切れようじゃなし、生爪《なまづめ》一つ剥《はが》しやしない。
 支度《したく》はして来たっても餒《ひもじ》い思いもせず、その蒼《あお》い花の咲く草を捜さなけりゃならんほど渇《かわ》く思いをするでもなし、勿論《もちろん》この先どんな難儀に逢おうも知れんが、それだって、花を取りに里から日帰《ひがえり》をするという、姉《ねえ》さんと一所《いっしょ》に行《ゆ》くんだ、急に日が暮れて闇になろうとも思われないが、全くこれぎりで、一足《ひとあし》ずつ出さえすりゃ、美女ヶ原になりますか。」
「ええ、訳《わけ》はございません、貴方《あなた》、そんなに可恐《おそろしい》処《ところ》と御存じで、その上、お薬を採りに入らしったのでございますか。」
 言下《ごんか》に、
「実際|命懸《いのちがけ》で来ました。」と思い入《い》って答えると、女はしめやかに、
「それでは、よくよくの事でおあんなさいましょうねえ。
 でも何もそんな難《むずか》しい御山《おやま》ではありません。但《ただ》此処《ここ》は霊山《れいざん》とか申す事、酒を覆《こぼ》したり、竹の皮を打棄《う
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