《てん》の色、神霊秘密《しんれいひみつ》の気《き》を籠《こ》めて、薄紫《うすむらさき》と見るばかり。
「その美女ヶ原までどのくらいあるね、日の暮れない中《うち》行《ゆ》かれるでしょうか。」
「否《いいえ》、こう桜が散って参りますから、直《じき》でございます。私も其処《そこ》まで、お供いたしますが、今日こそ貴方《あなた》のようなお連《つれ》がございますけれど、平時《いつも》は一人で参りますから、日一杯《ひいっぱい》に里まで帰るのでございます。」
「日一杯?」と思いも寄らぬ状《さま》。
「どんなにまた遠い処《ところ》のように、樵夫《きこり》がお教え申したのでござんすえ。」
「何、樵夫に聞くまでもないです。私に心覚《こころおぼえ》が丁《ちゃん》とある。先ず凡《およ》そ山の中を二日も三日も歩行《ある》かなけれゃならないですな。
 尤《もっと》も上《のぼ》りは大抵《たいてい》どのくらいと、そりゃ予《かね》て聞いてはいるんですが、日一杯だのもう直《じき》だの、そんなに輒《たやす》く行《ゆ》かれる処とは思わない。
 御覧なさい、こうやって、五体の満足なはいうまでもない、谷へも落ちなけりゃ、巌《いわ》
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