ひら》紅《くれない》を点じたのは、山鳥《やまどり》の抜羽《ぬけは》か、非《あら》ず、蝶《ちょう》か、非《あら》ず、蜘蛛《くも》か、非《あら》ず、桜の花の零《こぼ》れたのである。
「どうでございましょう、この二、三ヶ月の間は、何処《どこ》からともなく、こうして、ちらちらちらちら絶えず散って参ります。それでも何処《どこ》に桜があるか分りません。美女ヶ原へ行《ゆ》きますと、十里|南《みなみ》の能登《のと》の岬《みさき》、七里|北《きた》に越中立山《えっちゅうたてやま》、背後《うしろ》に加賀《かが》が見晴せまして、もうこの節《せつ》は、霞《かすみ》も霧もかかりませんのに、見紛《みまご》うようなそれらしい花の梢《こずえ》もござんせぬが、大方《おおかた》この花片《はなひら》は、煩《うるさ》い町方《まちかた》から逃げて来て、遊んでいるのでございましょう。それともあっちこっち山の中を何かの御使《おつかい》に歩いているのかも知れません。」
と女が高く仰《あお》ぐに連《つ》れ、高坂も葎《むぐら》の中に伸上《のびあが》った。草の緑が深くなって、倒《さかさま》に雲に映《うつ》るか、水底《みなそこ》のような天
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