《つゝぎり》にせしよと思《おも》ふ、張子《はりこ》の恐《おそろ》しき腕《かひな》一本《いつぽん》、荷車《にぐるま》に積置《つみお》いたり。追《おつ》て、大江山《おほえやま》はこれでござい、入《い》らはい/\と言《い》ふなるべし。
 笠森稻荷《かさもりいなり》のあたりを通《とほ》る。路傍《みちばた》のとある駄菓子屋《だぐわしや》の奧《おく》より、中形《ちうがた》の浴衣《ゆかた》に繻子《しゆす》の帶《おび》だらしなく、島田《しまだ》、襟白粉《えりおしろい》、襷《たすき》がけなるが、緋褌《ひこん》を蹴返《けかへ》し、ばた/\と駈《か》けて出《い》で、一寸《ちよつと》、煮豆屋《にまめや》さん/\。手《て》には小皿《こざら》を持《も》ちたり。四五軒《しごけん》行過《ゆきす》ぎたる威勢《ゐせい》の善《よ》き煮豆屋《にまめや》、振返《ふりかへ》りて、よう!と言《い》ふ。
 そら又《また》化性《けしやう》のものだと、急足《いそぎあし》に谷中《やなか》に着《つ》く。いつも變《かは》らぬ景色《けしき》ながら、腕《うで》と島田《しまだ》におびえし擧句《あげく》の、心細《こゝろぼそ》さいはむ方《かた》なし。

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