はぎ》に隱《かく》れ、刈萱《かるかや》に搦《から》み、葛《くず》に絡《まと》ひ、芙蓉《ふよう》にそよぎ、靡《なび》き亂《みだ》れ、花《はな》を出《い》づる人《ひと》、花《はな》に入《い》る人《ひと》、花《はな》をめぐる人《ひと》、皆《みな》此花《このはな》より生《うま》れ出《い》でて、立去《たちさ》りあへず、舞《ま》ひありく、人《ひと》の蝶《てふ》とも謂《い》ひつべう。
 などと落雁《らくがん》を噛《かじ》つて居《ゐ》る。處《ところ》へ! 供《とも》を二人《ふたり》つれて、車夫體《しやふてい》の壯佼《わかもの》にでつぷりと肥《こ》えた親仁《おやぢ》の、唇《くちびる》がべろ/\として無花果《いちじゆく》の裂《さ》けたる如《ごと》き、眦《めじり》の下《さが》れる、頬《ほゝ》の肉《にく》掴《つか》むほどあるのを負《お》はして、六十《ろくじふ》有餘《いうよ》の媼《おうな》、身《み》の丈《たけ》拔群《ばつくん》にして、眼《まなこ》鋭《するど》く鼻《はな》の上《うへ》の皺《しわ》に惡相《あくさう》を刻《きざ》み齒《は》の揃《そろ》へる水々《みづ/\》しきが、小紋《こもん》縮緬《ちりめん》のりう[#「りう」に傍点]たる着附《きつけ》、金時計《きんどけい》をさげて、片手《かたて》に裳《もすそ》をつまみ上《あ》げ、さすがに茶澁《ちやしぶ》の出《で》た脛《はぎ》に、淺葱《あさぎ》縮緬《ちりめん》を搦《から》ませながら、片手《かたて》に銀《ぎん》の鎖《くさり》を握《にぎ》り、これに渦毛《うづけ》の斑《ぶち》の艷々《つや/\》しき狆《ちん》を繋《つな》いで、ぐい/\と手綱《たづな》のやうに捌《さば》いて來《き》しが、太《ふと》い聲《こゑ》して、何《ど》うぢや未《ま》だ歩行《ある》くか、と言《い》ふ/\人《ひと》も無《な》げにさつさつと縱横《じうわう》に濶歩《くわつぽ》する。人《ひと》に負《おぶ》はして連《つ》れた親仁《おやぢ》は、腰《こし》の拔《ぬ》けたる夫《をつと》なるべし。驚破《すは》秋草《あきぐさ》に、あやかしのついて候《さふらふ》ぞ、と身構《みがまへ》したるほどこそあれ、安下宿《やすげしゆく》の娘《むすめ》と書生《しよせい》として、出來合《できあひ》らしき夫婦《ふうふ》の來《きた》りしが、當歳《たうさい》ばかりの嬰兒《あかんぼ》を、男《をとこ》が、小手《こて》のやうに白《しろ》シヤ
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