彌次行
泉鏡花
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)今《いま》は
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)縮緬《ちりめん》のりう[#「りう」に傍点]たる
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)たら/\坂
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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今《いま》は然《さ》る憂慮《きづかひ》なし。大塚《おほつか》より氷川《ひかは》へ下《お》りる、たら/\坂《ざか》は、恰《あたか》も芳野世經氏宅《よしのせいけいしたく》の門《もん》について曲《まが》る、昔《むかし》は辻斬《つじぎり》ありたり。こゝに幽靈坂《いうれいざか》、猫又坂《ねこまたざか》、くらがり坂《ざか》など謂《い》ふあり、好事《かうず》の士《し》は尋《たづ》ぬべし。田圃《たんぼ》には赤蜻蛉《あかとんぼ》、案山子《かゝし》、鳴子《なるこ》などいづれも風情《ふぜい》なり。天《てん》麗《うらゝ》かにして其《その》幽靈坂《いうれいざか》の樹立《こだち》の中《なか》に鳥《とり》の聲《こゑ》す。句《く》になるね、と知《し》つた振《ふり》をして聲《こゑ》を懸《か》くれば、何《なに》か心得《こゝろえ》たる樣子《やうす》にて同行《どうかう》の北八《きたはち》は腕組《うでぐみ》をして少時《しばらく》默《だま》る。
氷川神社《ひかはじんじや》を石段《いしだん》の下《した》にて拜《をが》み、此宮《このみや》と植物園《しよくぶつゑん》の竹藪《たけやぶ》との間《あひだ》の坂《さか》を上《のぼ》りて原町《はらまち》へ懸《かゝ》れり。路《みち》の彼方《あなた》に名代《なだい》の護謨《ごむ》製造所《せいざうしよ》のあるあり。職人《しよくにん》眞黒《まつくろ》になつて働《はたら》く。護謨《ごむ》の匂《にほひ》面《おもて》を打《う》つ。通《とほ》り拔《ぬ》ければ木犀《もくせい》の薫《かをり》高《たか》き横町《よこちやう》なり。これより白山《はくさん》の裏《うら》に出《い》でて、天外君《てんぐわいくん》の竹垣《たけがき》の前《まへ》に至《いた》るまでは我々《われ/\》之《これ》を間道《かんだう》と稱《とな》へて、夜《よる》は犬《いぬ》の吠《ほ》ゆる難處《なんしよ》なり。件《くだん》の垣根《かきね》を差覗《さしのぞ》きて、をぢさん居《ゐ》るか、と聲《こゑ》を懸《か》
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