子《をどりこ》か。
振返《ふりかへ》れば聖天《しやうでん》の森《もり》、待乳《まつち》沈《しづ》んで梢《こずゑ》乘込《のりこ》む三谷堀《さんやぼり》は、此處《こゝ》だ、此處《こゝ》だ、と今戸《いまど》の渡《わたし》に至《いた》る。
出《で》ますよ、さあ早《はや》く/\。彌次《やじ》舷端《ふなばた》にしがみついてしやがむ。北八《きたはち》悠然《いうぜん》とパイレートをくゆらす。乘合《のりあひ》十四五人《じふしごにん》、最後《さいご》に腕車《わんしや》を乘《の》せる。船《ふね》少《すこ》し右《みぎ》へ傾《かたむ》く、はツと思《おも》ふと少《すこ》し蒼《あを》くなる。丁《とん》と棹《さを》をつく、ゆらりと漕出《こぎだ》す。
船頭《せんどう》さん、渡場《わたしば》で一番《いちばん》川幅《かははゞ》の廣《ひろ》いのは何處《どこ》だい。先《ま》づ此處《こゝ》だね。何町位《なんちやうぐらゐ》あるねといふ。唾《つば》乾《かわ》きて齒《は》の根《ね》も合《あ》はず、煙管《きせる》は出《だ》したが手《て》が震《ふる》へる。北八《きたはち》は、にやり/\、中流《ちうりう》に至《いた》る頃《ころほ》ひ一錢蒸汽《いつせんじようき》の餘波《よは》來《きた》る、ぴツたり突伏《つツぷ》して了《しま》ふ。危《あぶね》えといふは船頭《せんどう》の聲《こゑ》、ヒヤアと肝《きも》を冷《ひや》す。圖《はか》らざりき、急《せ》かずに/\と二《に》の句《く》を續《つゞ》けるのを聞《き》いて、目《め》を開《ひら》けば向島《むかうじま》なり。それより百花園《ひやくくわゑん》に遊《あそ》ぶ。黄昏《たそがれ》たり。
萩《はぎ》暮《く》れて薄《すゝき》まばゆき夕日《ゆふひ》かな
言《い》ひつくすべくもあらず、秋草《あきぐさ》の種々《くさ/″\》數《かぞ》ふべくもあらじかし。北八《きたはち》が此作《このさく》の如《ごと》きは、園内《ゑんない》に散《ちら》ばつたる石碑《せきひ》短册《たんじやく》の句《く》と一般《いつぱん》、難澁《なんじふ》千萬《せんばん》に存《ぞん》ずるなり。
床几《しやうぎ》に休《いこ》ひ打眺《うちなが》むれば、客《きやく》幾組《いくくみ》、高帽《たかばう》の天窓《あたま》、羽織《はおり》の肩《かた》、紫《むらさき》の袖《そで》、紅《くれなゐ》の裙《すそ》、薄《すゝき》に見《み》え、萩《
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