房の声は震へた。
「行つてお見よ。」
「お見なちやいよ。」
「あゝ、見るから、見るからね、さあ一所《いっしょ》においで。」
「私《わたい》たちは、父《おとっ》さんを待つてるよ。」
「出て見まちよう。」
 と手を引合つて、もつれるやうに、ばら/″\寺の門へ駈けながら、卵塔場《らんとうば》を、灯《ともしび》の夜の影に揃つて、かあいゝ顔で振返つて、
「おつかあ、鰻を見ても触つちや不可《いけな》いよ。」
「触るとなくなりますよ。」
 と云ひすてに走つて出た。
 女房は暗がりの路次に足を引《ひか》れ、穴へ掴込まれるやうに、頸から、肩から、ちり毛もと、ぞッと氷るばかり寒くなつた。
 あかりのついた、お附合の隣の窓から、岩さんの安否を聞かうとしでもしたのであらう。格子をあけた婦《おんな》があつたが、何にも女房には聞こえない。……
 肩を固く、足がふるへて、その左側の家《うち》の水口へ。……
 ……行くと、腰障子《こししょうじ》の、すぐ中で、ばちや/\、ばちやり、ばちや/\と音がする。……
 手もしびれたか、きゆつと軌む……水口を開けると、茶の間も、框《かまち》も、だゝつ広く、大きな穴を四角に並べて陰
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