居ないし、誰も知らぬ。
やがて日の暮《くれ》るまで尋ねあぐんで、――夜あかしの茶飯《ちゃめし》あんかけの出る時刻――神楽坂下《かぐらさかした》、あの牛込見附で、顔馴染だつた茶飯屋に聞くと、其処《そこ》で……覚束ないながら一寸心当りが着いたのである。
「岩さんは、……然うですね、――昨夜《ゆうべ》十二時頃でもございましたらうか、一人で来なすつて――とう/\降り出しやがつた。こいつは大降《おおぶ》りに成らなけりやいゝがッて、空を見ながら、おかはりをなすつたけ。ポツリ/\降つたばかり。すぐに降りやんだものですから、可塩梅《いいあんばい》だ、と然う云つてね、また、お前さん、すた/\駆出して行きなすつたよ。……へい、えゝ、お一人。――他にや其の時お友達は誰も居ずさ。――変に陰気で不気味な晩でございました。ちやうど来なすつた時、目白の九つを聞きましたが、いつもの八つごろほど寂莫《ひっそり》して、びゆう/\風ばかりさ、おかみさん。」
せめても、此《これ》だけを心遣りに、女房は、小児《こども》たちに、まだ晩の御飯にもしなかつたので、阪《さか》を駆け上がるやうにして、急いで行願寺内へ帰ると、路次口に
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