ので寝苦しいか、変に二人とも寝そびれて、踏脱《ふみぬ》ぐ、泣き出す、着せかける、賺《すか》す。で、女房は一夜まんじりともせず、烏《からす》の声を聞いたさうである。
 然《さ》まで案ずる事はあるまい。交際《つれあい》のありがちな稼業の事、途中で友だちに誘はれて、新宿あたりへぐれたのだ、と然《そ》う思へば済むのであるから。
 言ふまでもなく、宵のうちは、いつもの釣りだと察して居た。内から棹なんぞ……鈎《はり》も糸も忍ばしては出なかつたが――それは女房が頻《しきり》に殺生を留める処から、つい面倒さに、近所の車屋、床屋などに預けて置いて、そこから内證で支度して、道具を持つて出掛ける事も、女房が薄々知つて居たのである。
 処が、一夜あけて、昼に成つても帰らない。不断そんなしだらでない岩さんだけに、女房は人一倍心配し出した。
 さあ、気に成ると心配は胸へ滝の落ちるやうで、――帯《おび》引占《ひきし》めて夫の……といふ急《せ》き心で、昨夜待ち明した寝みだれ髪を、黄楊《つげ》の鬢櫛《びんくし》で掻き上げながら、その大勝《だいかつ》のうちはもとより、慌だしく、方々心当りを探し廻つた。が、何処《どこ》にも
前へ 次へ
全8ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング