何《なに》が什《ど》うしても、「歸《かへ》つた。」と言《い》はせるやうにして聞《き》いたのである。
 不可《いけ》ない。……
「うゝん、歸《かへ》りやしない。」
「歸《かへ》らないわ。」
 と女《をんな》の兒《こ》が拗《す》ねでもしたやうに言《い》つた。
 男《をとこ》の兒《こ》が袖《そで》を引《ひ》いて、
「父《おとつ》さんは歸《かへ》らないけれどね、いつものね、鰻《うなぎ》が居《ゐ》るんだよ。」
「えゝ、え、」
「大《おほ》きな長《なが》い、お鰻《とゝ》よ。」
「こんなだぜ、おつかあ。」
「あれ、およし、魚尺《うをじやく》は取《と》るもんぢやない――何處《どこ》にさ……そして?」
 と云《い》ふ、胸《むね》の瀧《たき》は切《き》れ、唾《つ》が乾《かわ》いた。
「臺所《だいどころ》の手桶《てをけ》に居《ゐ》る。」
「誰《だれ》が持《も》つて來《き》たの、――魚屋《さかなや》さん?……え、坊《ばう》や。」
「うゝん、誰《だれ》だか知《し》らない。手桶《てをけ》の中《なか》に充滿《いつぱい》になつて、のたくつてるから、それだから、遁《に》げると不可《いけな》いから蓋《ふた》をしたんだ。」
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