醜態だ」
と鋭き音調。婦人は恥じて呼吸《いき》の下にて、
「はい、恐れ入りましてございます」
かく打ち謝罪《わぶ》るときしも、幼児は夢を破りて、睡眠のうちに忘れたる、饑《う》えと寒さとを思い出し、あと泣き出だす声も疲労のために裏涸《うらが》れたり。母は見るより人目も恥じず、慌《あわ》てて乳房《ちぶさ》を含ませながら、
「夜分のことでございますから、なにとぞ旦那《だんな》様お慈悲でございます。大眼《おおめ》に御覧あそばして」
巡査は冷然として、
「規則に夜昼はない。寝ちゃあいかん、軒下で」
おりからひとしきり荒《すさ》ぶ風は冷を極《きわ》めて、手足も露《あら》わなる婦人《おんな》の膚《はだ》を裂きて寸断せんとせり。渠はぶるぶると身を震わせ、鞠《まり》のごとくに竦《すく》みつつ、
「たまりません、もし旦那、どうぞ、後生でございます。しばらくここにお置きあそばしてくださいまし。この寒さにお堀端の吹き曝《さら》しへ出ましては、こ、この子がかわいそうでございます。いろいろ災難に逢《あ》いまして、にわかの物貰《ものもら》いで勝手は分《わか》りませず……」といいかけて婦人は咽《むせ》びぬ。
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