行く行く一番町の曲がり角のややこなたまで進みけるとき、右側のとある冠木《かぶき》門の下に踞《うずく》まれる物体ありて、わが跫音《あしおと》に蠢《うごめ》けるを、例の眼にてきっと見たり。
八田巡査はきっと見るに、こはいと窶々《やつやつ》しき婦人《おんな》なりき。
一個《ひとり》の幼児《おさなご》を抱きたるが、夜深《よふ》けの人目なきに心を許しけん、帯を解きてその幼児を膚に引き緊《し》め、着たる襤褸《らんる》の綿入れを衾《ふすま》となして、少しにても多量の暖を与えんとせる、母の心はいかなるべき。よしやその母子《おやこ》に一銭の恵みを垂《た》れずとも、たれか憐《あわ》れと思わざらん。
しかるに巡査は二つ三つ婦人の枕頭《まくらもと》に足踏みして、
「おいこら、起きんか、起きんか」
と沈みたる、しかも力を籠《こ》めたる声にて謂えり。
婦人はあわただしく蹶《は》ね起きて、急に居住まいを繕《つくろ》いながら、
「はい」と答うる歯の音も合わず、そのまま土に頭《こうべ》を埋めぬ。
巡査は重々しき語気をもて、
「はいではない、こんな処《ところ》に寝ていちゃあいかん、疾《はや》く行け、なんという
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