》が、おまえの胸にできたから、おれも望みが遂げられるんだ。さ、こういう因縁があるんだから、たとい世界の金満《かねもち》におれをしてくれるといったって、とても謂《い》うこたあ肯《き》かれない。覚悟しろ! 所詮《しょせん》だめだ。や、こいつ、耳に蓋《ふた》をしているな」
眼《め》にいっぱいの涙を湛《たた》えて、お香はわなわなふるえながら、両|袖《そで》を耳にあてて、せめて死刑の宣告を聞くまじと勤めたるを、老夫は残酷にも引き放ちて、
「あれ!」と背《そむ》くる耳に口、
「どうだ、解《わか》ったか。なんでも、少しでもおまえが失望の苦痛《くるしみ》をよけいに思い知るようにする。そのうち巡査のことをちっとでも忘れると、それ今夜のように人の婚礼を見せびらかしたり、気の悪くなる談話《はなし》をしたり、あらゆることをして苛《いじ》めてやる」
「あれ、伯父さん、もう私は、もう、ど、どうぞ堪忍してくださいまし。お放しなすって、え、どうしょうねえ」
とおぼえず、声を放ちたり。
少し距離を隔てて巡行せる八田巡査は思わず一足前に進みぬ。渠《かれ》はそこを通り過ぎんと思いしならん。さりながらえ進まざりき。渠は
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