《こ》めて、お香の肩を掴《つか》み動かし、
「いまだに忘れない。どうしてもその残念さが消え失《う》せない。そのためにおれはもうすべての事業を打ち棄《す》てた。名誉も棄てた。家も棄てた。つまりおまえの母親が、おれの生涯《しょうがい》の幸福と、希望とをみな奪ったものだ。おれはもう世の中に生きてる望みはなくなったが、ただ何とぞしてしかえしがしたかった、といって寝刃《ねたば》を合わせるじゃあない、恋に失望したもののその苦痛《くるしみ》というものは、およそ、どのくらいであるということを、思い知らせたいばっかりに、要《い》らざる生命《いのち》をながらえたが、慕い合って望みが合《かの》うた、おまえの両親に対しては、どうしてもその味を知らせよう手段がなかった。もうちっと長生きをしていりゃ、そのうちにはおれが仕方を考えて思い知らせてやろうものを、ふしあわせだか、しあわせだか、二人ともなくなって、残ったのはおまえばかり。親身といってほかにはないから、そこでおいらが引き取って、これだけの女にしたのも、三代|祟《たた》る執念で、親のかわりに、なあ、お香、きさまに思い知らせたさ。幸い八田という意中人《おもいもの
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