だ一度いおうと思って、今までおまえにもだれにもほのめかしたこともないが、ついでだから謂《い》って聞かす。いいか、亡《な》くなったおまえのお母《っか》さんはな」
 母という名を聞くやいなや女はにわかに聞き耳立てて、
「え、お母さんが」
「むむ、亡くなった、おまえのお母さんには、おれが、すっかり惚《ほ》れていたのだ」
「あら、まあ、伯父さん」
「うんや、驚くこたあない、また疑うにも及ばない。それを、そのお母さんを、おまえのお父《とっ》さんに奪《と》られたのだ。な、解《わか》ったか。もちろんおまえのお母さんは、おれがなんだということも知らず、弟《おとと》もやっぱり知らない。おれもまた、口へ出したことはないが、心では、心では、実におりゃもう、お香、おまえはその思い遣《や》りがあるだろう。巡査というものを知ってるから。婚礼の席に連なったときや、明け暮れそのなかのいいのを見ていたおれは、ええ、これ、どんな気がしたとおまえは思う」
 という声濁りて、痘痕《とうこん》の充《み》てる頬骨《ほおぼね》高き老顔の酒気を帯びたるに、一眼の盲《し》いたるがいとものすごきものとなりて、拉《とりひし》ぐばかり力を籠
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