おまえが憎い女ならおれもなに、邪魔をしやあしねえが、かわいいから、ああしたものさ。気に入るの入らないのと、そんなこたあ言ってくれるな」
女は少しきっとなり、
「それではあなた、あのおかたになんぞお悪いことでもございますの」
かく言い懸《か》けて振り返りぬ。巡査はこのとき囁《ささや》く声をも聞くべき距離に着々として歩《ほ》しおれり。
老夫は頭《こうべ》を打ち掉《ふ》りて、
「う、んや、吾《おり》ゃあいつも大好きさ。八円を大事にかけて、世の中に巡査ほどのものはないと澄ましているのが妙だ。あまり職掌を重んじて、苛酷《かこく》だ、思い遣《や》りがなさすぎると、評判の悪《わろ》いのに頓着《とんじゃく》なく、すべ一本でも見免《みのが》さない、アノ邪慳《じゃけん》非道なところが、ばかにおれは気に入ってる。まず八円の価値《ねうち》はあるな。八円じゃ高くない、禄《ろく》盗人とはいわれない、まことにりっぱな八円様だ」
女はたまらず顧みて、小腰を屈《かが》め、片手をあげてソト巡査を拝みぬ。いかにお香はこの振舞《ふるまい》を伯父に認められじとは勉《つと》めけん。瞬間にまた頭《こうべ》を返して、八田がな
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