れり。美人は人ほしげに振り返りぬ。百歩を隔てて黒影あり、靴《くつ》を鳴らしておもむろに来たる。
「あら、巡査《おまわり》さんが来ましたよ」
伯父なる人は顧みて角燈の影を認むるより、直ちに不快なる音調を帯び、
「巡査がどうした、おまえなんだか、うれしそうだな」
と女《むすめ》の顔を瞻《みまも》れる、一眼|盲《し》いて片眼《へんがん》鋭し。女はギックリとしたる様《さま》なり。
「ひどく寂しゅうございますから、もう一時前でもございましょうか」
「うん、そんなものかもしれない、ちっとも腕車《くるま》が見えんからな」
「ようございますわね、もう近いんですもの」
やや無言にて歩を運びぬ。酔える足は捗取《はかど》らで、靴音は早や近づきつ。老人は声高に、
「お香《こう》、今夜の婚礼はどうだった」と少しく笑《え》みを含みて問いぬ。
女は軽《かろ》くうけて、
「たいそうおみごとでございました」
「いや、おみごとばかりじゃあない、おまえはあれを見てなんと思った」
女は老人の顔を見たり。
「なんですか」
「さぞ、うらやましかったろうの」という声は嘲《あざけ》るごとし。
女は答えざりき。渠はこの一冷
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