語のためにいたく苦痛を感じたる状《さま》見えつ。
 老人はさこそあらめと思える見得《みえ》にて、
「どうだ、うらやましかったろう。おい、お香、おれが今夜|彼家《あすこ》の婚礼の席へおまえを連れて行った主意を知っとるか。ナニ、はいだ。はいじゃない。その主意を知ってるかよ」
 女は黙しぬ。首《こうべ》を低《た》れぬ。老夫はますます高調子。
「解《わか》るまい、こりゃおそらく解るまいて。何も儀式を見習わせようためでもなし、別に御馳走《ごちそう》を喰《く》わせたいと思いもせずさ。ただうらやましがらせて、情けなく思わせて、おまえが心に泣いている、その顔を見たいばっかりよ。ははは」
 口気|酒芬《しゅふん》を吐きて面《おもて》をも向くべからず、女は悄然《しょうぜん》として横に背《そむ》けり。老夫はその肩に手を懸《か》けて、
「どうだお香、あの縁女《えんじょ》は美しいの、さすがは一生の大礼だ。あのまた白と紅《あか》との三枚|襲《がさね》で、と羞《は》ずかしそうに坐《すわ》った恰好《かっこう》というものは、ありゃ婦人《おんな》が二度とないお晴れだな。縁女もさ、美しいは美しいが、おまえにゃ九目《せいもく
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