きく出ておけ。)――軽少過ぎる。卓子《テエブル》を並べて、謡本少々と、扇子が並べてあったから、ほんの松の葉の寸志と見え、一樹が宝生雲の空色なのを譲りうけて、その一本を私に渡し、
「いかが。」
「これも望む処です。」
つい私は莞爾《にっこり》した。扇子店《おうぎみせ》の真上の鴨居《かもい》に、当夜の番組が大字《だいじ》で出ている。私が一わたり読み取ったのは、唯今《ただいま》の塀下ではない、ここでの事である。合せて五番。中に能の仕舞もまじって、序からざっと覚えてはいるが――狸の口上らしくなるから一々は記すまい。必要なのだけを言おう。
必要なのは――魚説法――に続く三番目に、一《ひとつ》、茸《きのこ》、(くさびら。)――鷺《さぎ》、玄庵――の曲である。
道の事はよくは知らない。しかし鷺の姿は、近ごろ狂言の流《ながれ》に影は映らぬと聞いている。古い隠居か。むかしものの物好《ものずき》で、稽古《けいこ》を積んだ巧者が居て、その人たち、言わば素人の催しであろうも知れない。狸穴近所には相応《ふさわ》しい。が、私のいうのは流儀の事ではない。曲である。
この、茸――
慌《あわただ》しいまでに、
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