《やじり》を飛ばすらしい。けれども、五十歩にたりぬ向うの辻の柳も射ない。のみならず、矢竹の墨が、ほたほたと太く、蓑《みの》の毛を羽にはいだような形を見ると、古俳諧にいわゆる――狸を威《おど》す篠張《しのはり》の弓である。
 これもまた……面白い。
「おともしましょう、望む処です。」
 気競《きお》って言うまで、私はいい心持に酔っていた。

「通りがかりのものです。……臨時に見物をしたいと存じますのですが。」
「望む所でございます。」
 と、式台正面を横に、卓子《テエブル》を控えた、受附世話方の四十年配の男の、紋附の帷子《かたびら》で、舞袴《まいばかま》を穿《は》いたのが、さも歓迎の意を表するらしく気競《きお》って言った。これは私たちのように、酒気《さけけ》があったのでは決してない。
 切符は五十銭である。第一、順と見えて、六十を越えたろう、白髪《しらが》のお媼《ばあ》さんが下足《げた》を預るのに、二人分に、洋杖《ステッキ》と蝙蝠傘を添えて、これが無料で、蝦蟇口《がまぐち》を捻《ひね》った一樹の心づけに、手も触れない。
 この世話方の、おん袴に対しても、――(たかが半円だ、ご免を被って大
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