「覚悟があります。」
 つれに対すると、客に会釈と、一度に、左右へ言《ことば》を切って、一樹、幹次郎は、すっと出て、一尺ばかり舞台の端に、女の褄《つま》に片膝を乗掛けた。そうして、一度|押戴《おしいただ》くがごとくにして、ハタと両手をついた。
「かなしいな。……あれから、今もひもじいわ。」
 寂しく微笑《ほほえ》むと、掻《か》いはだけて、雪なす胸に、ほとんど玲瓏《れいろう》たる乳が玉を欺《あざむ》く。
「御覧なさい――不義の子の罰で、五つになっても足腰が立ちません。」
「うむ、起《た》て。……お起ち、私が起たせる。」
 と、かッきと、腕にその泣く子を取って、一樹が腰を引立てたのを、添抱《そえだ》きに胸へ抱いた。
「この豆府娘。」
 と嘲《あざけ》りながら、さもいとしさに堪えざるごとく言う下に、
「若いお父さんに骨をお貰い。母さんが血をあげる。」
 俯向《うつむ》いて、我と我が口にその乳首を含むと、ぎんと白妙《しろたえ》の生命《いのち》を絞った。ことこと、ひちゃひちゃ、骨なし子の血を吸う音が、舞台から響いた。が、子の口と、母の胸は、見る見る紅玉の柘榴《ざくろ》がこぼれた。
 颯《さっ
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