》と色が薄く澄むと――横に倒れよう――とする、反らした指に――茸は残らず這込んで消えた――塗笠を拾ったが、
「お客さん――これは人間ではありません。――紅茸《べにたけ》です。」
といって、顔をかくして、倒れた。顔はかくれて、両手は十ウの爪紅《つまべに》は、世に散る卍《まんじ》の白い痙攣《けいれん》を起した、お雪は乳首を噛切《かみき》ったのである。
一昨年《おととし》の事である。この子は、母の乳が、肉と血を与えた。いま一樹の手に、ふっくりと、且つ健かに育っている。
不思議に、一人だけ生命《いのち》を助かった女が、震災の、あの劫火《ごうか》に追われ追われ、縁あって、玄庵というのに助けられた。その妾《めかけ》であるか、娘分であるかはどうでもいい。老人だから、楽屋で急病が起って、踊の手練《てだれ》が、見真似の舞台を勤めたというので、よくおわかりになろうと思う。何、何、なぜ、それほどの容色《きりょう》で、酒場へ出なかった。とおっしゃるか? それは困る、どうも弱ったな。一樹でも分るまい。なくなった、みどり屋のお雪さんに……お聞き下さい。
[#地から1字上げ]昭和五(一九三○)年九月
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