をついて倒れました。」
天地震動、瓦《かわら》落ち、石崩れ、壁落つる、血煙の裡《うち》に、一樹が我に返った時は、もう屋根の中へ屋根がめり込んだ、目の下に、その物干が挫《ひしゃ》げた三徳のごとくになって――あの辺も火は疾《はや》かった――燃え上っていたそうである。
これ――十二年九月一日の大地震であった。
「それがし、九識《くしき》の窓の前、妙乗の床のほとりに、瑜伽《ゆが》の法水を湛《たた》え――」
時に、舞台においては、シテなにがし。――山の草、朽樹《くちき》などにこそ、あるべき茸が、人の住《すま》う屋敷に、所嫌わず生出《はえい》づるを忌み悩み、ここに、法力の験《げん》なる山伏に、祈祷《きとう》を頼もうと、橋がかりに向って呼掛けた。これに応じて、山伏が、まず揚幕の裡《うち》にて謡ったのである。が、鷺玄庵と聞いただけでも、思いも寄らない、若く艶《つや》のある、しかも取沈めた声であった。
幕――揚る。――
「――三密の月を澄ます所に、案内《あない》申さんとは、誰《た》そ。」
すらすらと歩を移し、露を払った篠懸《すずかけ》や、兜巾《ときん》の装《よそおい》は、弁慶よりも、判官
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