ような事が起ったんです。――それは受取った荷物……荷は籠《かご》で、茸《きのこ》です。初茸《はつたけ》です。そのために事が起ったんです。
 通り雨ですから、すぐに、赫《かっ》と、まぶしいほどに日が照ります。甘い涙の飴《あめ》を嘗《な》めた勢《いきおい》で、あれから秋葉ヶ原をよろよろと、佐久間町の河岸《かし》通り、みくら橋、左衛門橋。――とあの辺から両側には仕済《しすま》した店の深い問屋が続きますね。その中に――今思うと船宿でしょう。天井に網を揃えて掛けてあるのが見えました。故郷の市場の雑貨店で、これを扱うものがあって、私の祖父《じじい》――地方《いなか》の狂言師が食うにこまって、手内職にすいた出来上がりのこの網を、使《つかい》で持って行ったのを思い出して――もう国に帰ろうか――また涙が出る。とその涙が甘いのです。餅か、団子か、お雪さんが待っていよう。
(一銭五厘です。端書代が立替えになっておりますが。)
(つい、あの、持って来ません。)
(些細《ささい》な事ですが、店のきまりはきまりですからな。)
 年の少《わか》い手代は、そっぽうを向く。小僧は、げらげらと笑っている。
(貸して下さい
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