んです。私を仰向《あおむ》けにして、横合から胸をはだけて、……まだ袷《あわせ》、お雪さんの肌には微《かす》かに紅《くれない》の気《け》のちらついた、春の末でした。目をはずすまいとするから、弱腰を捻《ひね》って、髷《まげ》も鬢《びん》もひいやりと額にかかり……白い半身が逆になって見えましょう。……今時……今時……そんな古風な、療治を、禁厭《まじない》を、するものがあるか、とおっしゃいますか。ええ、おっしゃい。そんな事は、まだその頃ありました、精盛薬館、一二《おいちに》を、掛売で談ずるだけの、余裕があっていう事です。
 このありさまは、ちょっと物議になりました。主人《あるじ》の留守で。二階から覗いた投機家が、容易ならぬ沙汰をしたんですが、若い燕だか、小僧の蜂だか、そんな詮議《せんぎ》は、飯を食ったあとにしようと、徹底した空腹です。
 それ以来、涙が甘い。いまそのこぼれるにつけても、さかさに釣られた孤家《ひとつや》の女の乳首が目に入って来そうで、従って、ご新姐の身の上に、いつか、おなじ事でもありそうでならなかった。――予感というものはあるものでしょうか。
 その日の中《うち》に、果しておなじ
前へ 次へ
全43ページ中28ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング