たんだから、このしみばかりでも痛事《いたごと》ですね。その時です、……洗いざらい、お雪さんの、蹴出しと、数珠と、短刀の人身御供《ひとみごくう》は――
まだその上に、無慙《むざん》なのは、四歳《よッつ》になる男の児《こ》があったんですが、口癖に――おなかがすいた――おなかがすいた――と唱歌のように唱《うた》うんです。
(――かなしいなあ――)
お雪さんは、その、きっぱりした響く声で。……どうかすると、雨が降過ぎても、
(――かなしいなあ――)
と云う一つ癖があったんです。尻上りに、うら悲しい……やむ事を得ません、得ませんけれども、悪い癖です。心得なければ不可《いけ》ませんね。
幼い時聞いて、前後《あとさき》うろ覚えですが、私の故郷の昔話に、(椿《つばき》ばけ――ばたり。)農家のひとり子で、生れて口をきくと、(椿ばけ――ばたり。)と唖《おし》の一声ではないけれども、いくら叱っても治らない。弓が上手で、のちにお城に、もののけがあって、国の守《かみ》が可恐《おそろし》い変化《へんげ》に悩まされた時、自から進んで出て、奥庭の大椿に向っていきなり矢を番《つが》えた。(椿ばけ――ばたり。)と
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