恋坂下《つまごいざかした》――明神の崖うらの穴路地で、二階に一室《ひとま》の古屋《ふるいえ》だったが、物干ばかりが新しく突立《つった》っていたという。――
これを聞いて、かねて、知っていたせいであろう。おかしな事には、いま私たちが寄凭《よりかか》るばかりにしている、この欄干が、まわりにぐるりと板敷を取って、階子壇《はしごだん》を長方形の大穴に抜いて、押廻わして、しかも新しく切立っているので、はじめから、たとえば毛利一樹氏、自叙伝中の妻恋坂下の物見に似たように思われてならなかったのである。
「――これはこのあたりのものでござる――」
藍《あい》の長上下《なががみしも》、黄の熨斗目《のしめ》、小刀をたしなみ、持扇《もちおうぎ》で、舞台で名のった――脊の低い、肩の四角な、堅くなったか、癇《かん》のせいか、首のやや傾《かし》いだアドである。
「――某《それがし》が屋敷に、当年はじめて、何とも知れぬくさびらが生えた――ひたもの取って捨つれども、夜《よ》の間には生え生え、幾たび取ってもまたもとのごとく生ゆる、かような不思議なことはござらぬ――」
鷺玄庵、シテの出る前に、この話の必要上、
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