ろ編笠、名の知れぬ、菌《きのこ》ども。笠の形を、見物は、心のままに擬《なぞ》らえ候え。
「――あれあれ、」
 女山伏の、優しい声して、
「思いなしか、茸の軸に、目、鼻、手、足のようなものが見ゆる。」
 と言う。詞《ことば》につれて、如法の茸どもの、目を剥《む》き、舌を吐いて嘲《あざ》けるのが、憎く毒々しいまで、山伏は凛《りん》とした中《うち》にもかよわく見えた。
 いくち、しめじ、合羽《かっぱ》、坊主、熊茸、猪茸《ししたけ》、虚無僧茸《こむそうたけ》、のんべろ茸、生える、殖《ふ》える。蒸上り、抽出《ぬきいで》る。……地蔵が化けて月のむら雨に托鉢《たくはつ》をめさるるごとく、影|朧《おぼろ》に、のほのほと並んだ時は、陰気が、緋《ひ》の毛氈《もうせん》の座を圧して、金銀のひらめく扇子《おうぎ》の、秋草の、露も砂子も暗かった。
 女性の山伏は、いやが上に美しい。
 ああ、窓に稲妻がさす。胸がとどろく。
 たちまち、この時、鬼頭巾に武悪の面して、極めて毒悪にして、邪相なる大茸が、傘を半開きに翳《かざ》し、みしと面《つら》をかくして顕《あら》われた。しばらくして、この傘を大開きに開く、鼻を嘯《うそぶ》き、息吹《いぶ》きを放ち、毒を嘯いて、「取て噛《か》もう、取て噛もう。」と躍りかかる。取着き引着《ひッつ》き、十三の茸は、アドを、なやまし、嬲《なぶ》り嬲り、山伏もともに追込むのが定《じょう》であるのに。――
「あれへ、毒々しい半びらきの菌《きのこ》が出た、あれが開いたらばさぞ夥多《おびただ》しい事であろう。」
 山伏の言《ことば》につれ、件《くだん》の毒茸《どくたけ》が、二の松を押す時である。
 幕の裙《すそ》から、ひょろりと出たものがある。切禿《きりかむろ》で、白い袖を着た、色白の、丸顔の、あれは、いくつぐらいだろう、這《は》うのだから二つ三つと思う弱々しい女の子で、かさかさと衣《き》ものの膝ずれがする。菌《きのこ》の領した山家《やまが》である。舞台は、山伏の気が籠《こも》って、寂《しん》としている。ト、今まで、誰一人ほとんど跫音《あしおと》を立てなかった処へ、屋根は熱し、天井は蒸して、吹込む風もないのに、かさかさと聞こえるので、九十九折《つづらおり》の山路へ、一人、篠《しの》、熊笹を分けて、嬰子《あかご》の這出《はいだ》したほど、思いも掛けねば無気味である。
 ああ、山伏を
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