をついて倒れました。」
天地震動、瓦《かわら》落ち、石崩れ、壁落つる、血煙の裡《うち》に、一樹が我に返った時は、もう屋根の中へ屋根がめり込んだ、目の下に、その物干が挫《ひしゃ》げた三徳のごとくになって――あの辺も火は疾《はや》かった――燃え上っていたそうである。
これ――十二年九月一日の大地震であった。
「それがし、九識《くしき》の窓の前、妙乗の床のほとりに、瑜伽《ゆが》の法水を湛《たた》え――」
時に、舞台においては、シテなにがし。――山の草、朽樹《くちき》などにこそ、あるべき茸が、人の住《すま》う屋敷に、所嫌わず生出《はえい》づるを忌み悩み、ここに、法力の験《げん》なる山伏に、祈祷《きとう》を頼もうと、橋がかりに向って呼掛けた。これに応じて、山伏が、まず揚幕の裡《うち》にて謡ったのである。が、鷺玄庵と聞いただけでも、思いも寄らない、若く艶《つや》のある、しかも取沈めた声であった。
幕――揚る。――
「――三密の月を澄ます所に、案内《あない》申さんとは、誰《た》そ。」
すらすらと歩を移し、露を払った篠懸《すずかけ》や、兜巾《ときん》の装《よそおい》は、弁慶よりも、判官《ほうがん》に、むしろ新中納言が山伏に出立《いでた》った凄味《すごみ》があって、且つ色白に美しい。一二の松も影を籠《こ》めて、袴《はかま》は霧に乗るように、三密の声は朗らかに且つ陰々として、月清く、風白し。化鳥《けちょう》の調の冴《さ》えがある。
「ああ、婦人だ。……鷺流《さぎりゅう》ですか。」
私がひそかに聞いたのに、
「さあ。」
一言いったきり、一樹が熟《じっ》と凝視《みつ》めて、見る見る顔の色がかわるとともに、二度ばかり続け様に、胸を撫《な》でて目をおさえた。
先を急ぐ。……狂言はただあら筋を言おう。舞台には茸の数が十三出る。が、実はこの怪異を祈伏《いのりふ》せようと、三山の法力を用い、秘密の印《いん》を結んで、いら高の数珠を揉《も》めば揉むほど、夥多《おびただ》しく一面に生えて、次第に数を増すのである。
茸は立衆《たてしゅう》、いずれも、見徳、嘯吹《うそのふき》、上髭《うわひげ》、思い思いの面を被《かぶ》り、括袴《くくりばかま》、脚絆《きゃはん》、腰帯、水衣《みずぎぬ》に包まれ、揃って、笠を被る。塗笠、檜笠《ひのきがさ》、竹子笠、菅《すげ》の笠。松茸、椎茸、とび茸、おぼ
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