見て、口で、ニヤリと笑う。
悚然《ぞっ》とした。
「鷺流?」
這う子は早い。谿河《たにがわ》の水に枕なぞ流るるように、ちょろちょろと出て、山伏の裙《もすそ》に絡《まつ》わると、あたかも毒茸が傘の轆轤《ろくろ》を弾《はじ》いて、驚破す、取て噛《か》もう、とあるべき処を、――
「焼き食おう!」
と、山伏の、いうと斉《ひと》しく、手のしないで、数珠を振《ふる》って、ぴしりと打って、不意に魂消《たまげ》て、傘なりに、毒茸は膝をついた。
返す手で、
「焼きくおう。焼きくおう。」
鼻筋鋭く、頬は白澄《しろず》む、黒髪は兜巾《ときん》に乱れて、生競《はえきそ》った茸の、のほのほと並んだのに、打振《うちふる》うその数珠は、空に赤棟蛇《やまかがし》の飛ぶがごとく閃《ひらめ》いた。が、いきなり居すくまった茸の一つを、山伏は諸手《もろて》に掛けて、すとんと、笠を下に、逆《さかさ》に立てた。二つ、三つ、四つ。――
多くは子方だったらしい。恐れて、魅《み》せられたのであろう。
長上下《なががみしも》は、脇座にとぼんとして、ただ首の横ざまに傾きまさるのみである。
「一樹さん。」
真蒼《まっさお》になって、身体《からだ》のぶるぶると震う一樹の袖を取った、私の手を、その帷子《かたびら》が、落葉、いや、茸のような触感で衝《つ》いた。
あの世話方の顔と重《かさな》って、五六人、揚幕から。切戸口にも、楽屋の頭《かしら》が覗《のぞ》いたが、ただ目鼻のある茸になって、いかんともなし得ない。その二三秒時よ。稲妻の瞬く間よ。
見物席の少年が二三人、足袋を空に、逆《さかさ》になると、膝までの裙《すそ》を飜《ひるがえ》して仰向《あおむけ》にされた少女がある。マッシュルームの類であろう。大人は、立構えをし、遁身《にげみ》になって、声を詰めた。
私も立とうとした。あの舞台の下は火になりはしないか。地震、と欄干につかまって、目を返す、森を隔てて、煉瓦《れんが》の建《たて》もの、教会らしい尖塔《せんとう》の雲端に、稲妻が蛇のように縦にはしる。
静寂、深山に似たる時、這う子が火のつくように、山伏の裙《すそ》を取って泣出した。
トウン――と、足拍子を踏むと、膝を敷き、落した肩を左から片膚《かたはだ》脱いだ、淡紅の薄い肌襦袢《はだじゅばん》に膚が透く。眉をひらき、瞳を澄まして、向直って、
「幹次郎さん。
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