に、と頭から遠慮をして、さて、先生は、と尋ねると、前刻御外出。奥様《おくさん》は、と云うと、少々御風邪の気味。それでは、お見舞に、と奥に入ろうとする縁側で、女中《おんな》が、唯今すやすやと御寐《おやすみ》になっていらっしゃいます、と云う。
悄々《すごすご》玄関へ戻って、お嬢さんは、と取って置きの頼みの綱を引いて見ると、これは、以前奉公していた女中《おんな》で、四ッ谷の方へ縁附《かたづ》いたのが、一年ぶりで無沙汰見舞に来て、一晩御厄介になる筈《はず》で、お夜食が済むと、奥方の仰《おおせ》に因り、お嬢さんのお伴をして、薬師の縁日へ出たのであった。
それでは私も通《とおり》の方を、いずれ後刻《のちほど》、とこれを機《しお》に。出しなにまた念のために、その後、坂田と云うのは来ませんか、と聞くと、アバ大人ですか、と書生は早や渾名を覚えた。ははは、来ましたよ。今日の午後《ひるすぎ》。
男金女土
二十八
主税は、礼之進が早くも二度の魁《かけ》を働いたのに、少なからず機先を制せられたのと――かてて加えてお蔦の一件が暴露《ばれ》たために、先生が太《いた》く感情を損ね
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