られて、わざとにもそうされるか、と思われないでもない――玄関の畳が冷く堅いような心持とに、屈託の腕を拱《こまぬ》いて、そこともなく横町から通りへ出て、件《くだん》の漬物屋の前を通ると、向う側がとある大構《おおがまえ》の邸の黒板塀で、この間しばらく、三方から縁日の空が取囲んで押揺《おしゆる》がすごとく、きらきらと星がきらめいて、それから富坂をかけて小石川の樹立《こだち》の梢《こずえ》へ暗くなる、ちょっと人足の途絶え処。
 東へ、西へ、と置場処の間数《けんすう》を示した標杙《くい》が仄白《ほのしろ》く立って、車は一台も無かった。真黒《まっくろ》な溝の縁に、野を焚《や》いた跡の湿ったかと見える破風呂敷《やぶれぶろしき》を開いて、式《かた》のごとき小灯《こともし》が、夏になってもこればかりは虫も寄るまい、明《あかり》の果敢《はかな》さ。三束《みたば》五束《いつたば》附木《つけぎ》を並べたのを前に置いて、手を支《つ》いて、縺《もつ》れ髪の頸《うなじ》清らかに、襟脚白く、女房がお辞儀をした、仰向けになって、踏反《ふんぞ》って、泣寐入《なきねい》りに寐入ったらしい嬰児《あかんぼ》が懐に、膝に縋《すが
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