隠居ばかりだと思ったら……」
「いいえね、つい一昨日《おととい》あたり故郷《おくに》の静岡からおいでなすったんですとさ。私がお取次に出たら河野の母でございます、とおっしゃったわ。」
「だから、母様が見えたのに、おいしいものが無いッて、河野さんが言っていなすったのさ、お前、」
「おいしいものが聞いて呆れら。へい、そして静岡だってね。」
「ああ、」
「と御維新|以来《このかた》、江戸児《えどッこ》の親分の、慶喜様が行っていた処だ。第一かく申すめ[#「め」に傍点]の公も、江戸城を明渡しの、落人《おちうど》を極《き》めた時分、二年越居た事がありますぜ。
 馬鹿にしねえ、大親分が居て、それから私《わっし》が居た土地だ。大概《てえげい》江戸ッ児になってそうなもんだに、またどうして、あんな獣が居るんだろう。
 聞きねえ。
 過日《こないだ》もね、お前《めえ》、まったくはお前、一軒かけ離れて、あすこへ行《ゆ》くのは荷なんだけれども、ちとポカと来たし、佳《い》い魚《うお》がなくッて困るッて言いなさる、廻ってお上げ、とお前さんが口を利くから、チョッ蔦ちゃんの言うこッた。
 脛《すね》を達引《たてひ》け、と
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