》れながら、お源が引取って口を入れる。
 えらを一突き、ぐいと放して、
「凹《へこ》んだな。いつかの新ぎれじゃねえけれど、め[#「め」に傍点]の公塩が廻り過ぎたい。」
「そういや、め[#「め」に傍点]の字、」
 とお蔦は片手を懐に、するりと辷《すべ》る黒繻子《くろじゅす》の襟を引いて、
「過日《このあいだ》頼んだ、河野《こうの》さん許《とこ》へ、その後《のち》廻ってくれないッて言うじゃないか、どうしたの?」
「むむ、河野ッて。何かい、あの南町のお邸《やしき》かい。」
「ああ、なぜか、魚屋が来ないッて、昨日《きのう》も内へ来て、旦那にそう言っていなすったよ。行かないの、」
「行かねえ。」
「ほんとうに、」
「行きませんとも!」
「なぜさ、」
「なぜッて、お前《めえ》、あん獣《けだもの》ア、」
 お源が慌《あわただ》しく、
「め[#「め」に傍点]のさん、」
「何だ。」
「め[#「め」に傍点]のさんや。お前さんちょいと、お二階に来ていらっしゃるのはその河野さんの母様《おっかさん》じゃないか、気をお着けな。」
 帽子をすっぽり亀の子|竦《すく》みで、
「ホイ阿陀仏《おだぶつ》、へい、あすこにゃ
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