二三度行ったわ。何じゃねえか、一度お前《めえ》、おう、先公、居るかいッて、景気に呼んだと思いねえ。」
 お蔦は莞爾《にっこり》して、
「せんこう[#「せんこう」に傍点]ッて誰のこったね。」
「内の、お友達よ。河野さんは、学士だとか、学者だとか、先生だとか言うこッたから、一ツ奉って呼んだのよ。」
 と鰭《ひれ》をばっさり。

       四

「可《い》いじゃねえか、お前《めえ》、先公だから先公よ。何も野郎とも兄弟《きょうでえ》とも言ったわけじゃねえ。」
 と庖丁の尖《さき》を危く辷《すべ》らして、鼻の下を引擦《ひっこす》って、
「すると何だ。肥満《ふとっちょ》のお三どんが、ぶっちょう面をしゃあがって、旦那様とか、先生とかお言いなさい、御近所へ聞えます、と吐《ぬか》しただろうじゃねえか。
 ええ、そんなに奉られたけりゃ三太夫でも抱えれば可い。口に税を出すくらいなら、憚《はばか》んながら私《わっし》あ酒も啖《くら》わなけりゃ魚も売らねえ。お源ちゃんの前《めえ》だけれども。おっとこうした処は、お尻の方だ。」
「そんなに、お邪魔なら退《ど》けますよ。」
 お源が俎板を直して向直る。と面《おも
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