さあ、どうぞ、と先方《さき》は編上靴《あみあげぐつ》で手間が取れる。主税は気早に靴を脱いで、癇癪紛《かんしゃくまぎれ》に、突然二階へ懸上る。段の下の扉《ひらき》の蔭から、そりゃこそ旦那様。と、にょっと出た、お源を見ると、取次に出ないも道理、勝手働きの玉襷《たまだすき》、長刀《なぎなた》小脇に掻込《かいこ》んだりな。高箒《たかぼうき》に手拭《てぬぐい》を被《かぶ》せたのを、柄長に構えて、逆上《のぼ》せた顔色《がんしょく》。
馬鹿め、と噴出《ふきだ》して飛上る後から、ややあって、道学先生、のそりのそり。
二階の論判《ろッぱん》一時《ひととき》に余りけるほどに、雷様の時の用心の線香を芬《ふん》とさせ、居間から顕《あら》われたのはお蔦で、艾《もぐさ》はないが、禁厭《まじない》は心ゆかし、片手に煙草を一撮《ひとつまみ》。抜足で玄関へ出て、礼之進の靴の中へ。この燃草《もえぐさ》は利《きき》が可かった。※[#「火+發」、91−4]《ぱっ》と煙が、むらむらと立つ狼煙《のろし》を合図に、二階から降りる気勢《けはい》。飜然《ひらり》路地へお蔦が遁込《にげこ》むと、まだその煙は消えないので、雑水《ぞうみ
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