! 口惜《くやし》いと、台所へ逃込んで、売卜屋の畜生め、どたどたどた。
二人は顔を見合せて、ようように笑《わらい》が出た。
すぐにお蔦が、新しい半襟を一掛《ひとかけ》礼に遣って、その晩は市が栄えたが。
二三日|経《た》って、ともかく、それとなく、お妙がお持たせの重箱を返しかたがた、土産ものを持って、主税が真砂町へ出向くと、あいにく、先生はお留守、令夫人《おくがた》は御墓参、お妙は学校のひけが遅かった。
二十六
仮にその日、先生なり奥方なりに逢ったところで、縁談の事に就いて、とこう謂《い》うつもりでなく、また言われる筋でもなかったが、久闊振《ひさしぶり》ではあり、誰方《どなた》も留守と云うのに気抜けがする。今度来た玄関の書生は馴染《なじみ》が薄いから、巻莨《まきたばこ》の吸殻沢山な火鉢をしきりに突着けられても、興に乗る話も出ず。しかしこの一両日に、坂田と云う道学者が先生を訪問はしませんか、と尋ねて、来ない、と聞いただけを取柄。土産ものを包んで行った風呂敷を畳みもしないで突込んで、見ッともないほど袂《たもと》を膨らませて、ぼんやりして帰りがけ、その横町の中程まで来
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