でもよく通る。通りが可《よ》ければと言って、渾名《あだな》を名刺に書くものはない。手札は立派に、坂田礼之進……傍《かたわら》へ羅馬《ロオマ》字で、L. Sakata.
すなわち歴々の道学者先生である。
渠《かれ》の道学は、宗教的ではない、倫理的、むしろ男女交際的である。とともに、その痘痕《あばた》と、細君が若うして且つ美であるのをもって、処々の講堂においても、演説会においても、音に聞えた君子である。
謂《い》うまでもなく道徳円満、ただしその細君は三度目で、前《さき》の二人とも若死をして、目下《いま》のがまた顔色が近来、蒼《あお》い。
と云ってあえて君子の徳を傷《きずつ》けるのではない、が、要のないお饒舌《しゃべり》をするわけではない。大人は、自分には二度まで夫人を殺しただけ、盞《さかずき》の数の三々九度、三度の松風、ささんざの二十七度で、婚姻の事には馴れてござる。
処へ、名にし負う道学者と来て、天下この位信用すべき媒妁人《なこうど》は少いから、呉《ご》も越《えつ》も隔てなく口を利いて巧《うま》く纏《まと》める。従うて諸家の閨門《けいもん》に出入すること頻繁にして時々厭らしい!
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