はない、臥蚕《がさん》である。しかるにこの不生産的の美人は、蚕の世を利するを知らずして、毛虫の厭《いと》うべきを恐れていた、不心得と言わねばならぬ。
で、お蔦は、たとい貴郎が、その癖、内々お妙さんに岡惚《おかぼれ》をしているのでも可い。河野に添わせるくらいなら、貴郎の令夫人《おくさん》にして私が追出《おんだ》される方がいっそ増だ、とまで極端に排斥する。
この異体同心の無二の味方を得て、主税も何となく頼母《たのも》しかったが、さて風はどこを吹いていたか、半月ばかりは、英吉も例《いつも》になく顔を見せなかった。
と一日《あるひ》、
(早瀬氏は居《お》らるるかね。)
応柄《おうへい》のような、そうかと云って間違いの無いような訪ずれ方をして、お源に名刺を取次がせた者がある。
主税は、しかかっていた翻訳の筆《ペン》を留めて、請取って見ると、ちょっと心当りが無かったが、どんな人だ、と聞くと、あの、痘痕《あばた》のおあんなさいます、と一番|疾《はや》く目についた人相を言ったので、直ぐ分った。
本名坂田礼之進、通り名をアバ大人、誰か早口な男がタの字を落した。ゆっくり言えばアバタ大人、どちら
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