それまでである。けれども、渠《かれ》は目下誰かの縁談に就いて、配慮しつつあるのではないか。しかも開けて見ている処が――夫婦相性の事――は棄置かれぬ。
且つその顔色《かおつき》が、紋附の羽織で、※[#「ころもへん+施のつくり」、第3水準1−91−72]《ふき》の厚い内君《マダム》と、水兵服の坊やを連れて、別に一人抱いて、鮨にしようか、汁粉にしようか、と歩行《てく》っている紳士のような、平和な、楽しげなものではなく、主税は何か、思い屈した、沈んだ、憂わしげな色が見える。
好男子世に処して、屈託そうな面色《おももち》で、露店の三世相を繰るとなると、柳の下に掌《てのひら》を見せる、八卦の亡者と大差はない、迷いはむしろそれ以上である。
所以《ゆえ》ある哉《かな》、主税のその面上の雲は、河野英吉と床の間の矢車草……お妙の花を争った時から、早やその影が懸ったのであった。その時はお蔦の機知《さそく》で、柔|能《よ》く強《ごう》を制することを得たのだから、例《いつも》なら、いや、女房は持つべきものだ、と差対《さしむか》いで祝杯を挙げかねないのが、冴えない顔をしながら、湯は込んでいたか、と聞いて、フ
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