前が崩れるというでもないよ。」
 とさすがに手を控えて、例の衣兜へ突込んだが、お蔦の目前《めさき》を、(子を捉《と》ろ、子捉ろ。)の体で、靴足袋で、どたばた、どたばた。
「はい、これは柳橋流と云うんです。柳のように房々活けてありましょう、ちゃんと流儀があるじゃありませんか。」
「嘘を吐きたまえ、まあ可いから、僕が惚込んだ花だから。」
 主税は火鉢をぐっと手許へ。お蔦はすらりと立って、
「だってもう主のある花ですもの。」
「主がある!」と目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》る。
「ええ、ありますとも、主税と云ってね。」
「それ見ろ、早瀬、」
「何だ、お前、」
「いいえ、貴下《あなた》、この花を引張《ひっぱ》るのは、私を口説くのと同一《おんなじ》訳よ。主があるんですもの。さあ、引張って御覧なさい。」
 と寄ると、英吉は一足引く。
「さあ、口説いて頂戴、」
 と寄ると、英吉は一足引く。微笑《ほほえ》みながら擦《す》り寄るたびに、たじたじと退《すさ》って、やがて次の間へ、もそりと出る。


     道学先生

       二十二

 月の十二日は本郷の薬師様の縁日で、電車
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