も親なんだぜ、余裕があったら勿論貢ぐんだ。無ければ断る。が、人情なら三杯食う飯を一杯ずつ分《わけ》るんだ。着物は下着から脱いで遣るのよ。」
 と思い入った体で、煙草を持った手の尖《さき》がぶるぶると震えると、対手の河野は一向気にも留めない様子で、ただ上の空で聞いて首《こうべ》だけ垂れていたが、かえって襖《ふすま》の外で、思わずはらはらと落涙したのはお蔦である。
 何の話? と声のはげしいのを憂慮《きづか》って、階子段の下でそっと聞くと、縁談でございますよ、とお源の答えに、ええ、旦那の、と湯上りの颯《さっ》と上気した顔の色を変えたが、いいえ、河野様が御自分の、と聞いて、まあ、と呆れたように莞爾《にっこり》して、忍んで段を上って、上り口の次の室《ま》の三畳へ、欄干《てすり》を擦って抜足で、両方へ開けた襖の蔭へ入ったのを、両人《ふたり》には気が付かずに居るのである。
 と河野は自分には勢《いきおい》のない、聞くものには張合のない口吻《くちぶり》で、
「だが、母さんが、」
「母様が何だ。母様が娶《もら》うんじゃあるまい、君が女房にするんじゃないか。いつでもその遣方だから、いや、縁談にかかったの
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