帰って来た。艶やかな濡髪に、梅花の匂|馥郁《ふくいく》として、繻子《しゅす》の襟の烏羽玉《うばたま》にも、香やは隠るる路地の宵。格子戸を憚《はばか》って、台所の暗がりへ入ると、二階は常ならぬ声高で、お源の出迎える気勢《けはい》もない。
石鹸《シャボン》を巻いた手拭《てぬぐい》を持ったままで、そっと階子段《はしごだん》の下へ行くと、お源は扉《ひらき》に附着《くッつ》いて、一心に聞いていた。
十九
「先生が酒を飲もうと飲むまいと、借金が有ろうと無かろうと、大きなお世話だ。遺伝が、肺病が、品行が何だ。当方《こちら》からお給事《みやづかえ》をしようと云うんじゃなし、第一欲しいと仰有《おっしゃ》ったって、差上げるやら、平に御免を被るやら、その辺も分らないのに、人の大切な令嬢を、裸体《はだか》にして検査するような事を聞くのは、無礼じゃないか。
私《わっし》あ第一、河野。世間の宗教家と称《とな》うる奴が、吾々を捕《つかま》えて、罪の児《こ》だの、救ってやるのと、商売柄|好《すき》な事を云う。薬屋の広告は構わんが、しらきちょうめんな人間に向って罪の子とは何んだい。本人はともかくも
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