両手を翳《かざ》すほど、火鉢の火は消えかかったので、彼は炭を継ごうとして横向になっていたから、背けた顔に稲妻のごとく閃《ひらめ》いた額の筋は見えなかったが、
「もう一度聞こう、何だっけな。先方《さき》の身分?」
「うむ、先方の身分さ。」
「独逸文学者よ、文学士だ……大学教授よ。知ってるだろう、私の先生だ。」
「むむ、そりゃ分ってるがね、妙子の品行の点もあり、」
「それから、」
「遺伝さ、」
「肺病かね、」
「親族関係、交友の如何《いかん》さ。何、友達の事なんぞ、大した条件ではないよ。結婚をすれば、処女時代の交際は自然に疎《うと》くなるです。それに母様が厳しく躾《しつけ》れば、その方は心配はないが、むむ、まだ要点は財産だ。が、酒井は困っていやしないだろうか。誰も知った侠客《きょうかく》風の人間だから、人の世話をすりゃ、つい物費《ものいり》も少くない。それにゃ、評判の飲酒家《さけのみ》だし、遊ぶ方も盛だと云うし、借金はどうだろう。」
 主税は黙って、茶を注《つ》いだが、強いて落着いた容子に見えた。
「何かね、持参金でも望みなのかね。」
「馬鹿を謂《い》いたまえ。妹たちを縁附けるに、こちらか
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