ろしたろう。
そろそろ引返《ひっかえ》したんです、母様がね。休んでいた車夫に、今のお嬢さんは真中の家へですか。へい、さようで、と云うのを聞いて帰ったのさね。」
と早口に饒舌《しゃべ》って、
「美人だねえ。君、」とゆったり顔を見る。
「ト遣った工合は、僕が美人のようだ、厭だ。結婚なんぞ申込んじゃ、」と笑いながら、大《おおい》に諷するかのごとくに云って、とんと肩を突いて、
「浮気ものめ。」
「浮気じゃない、今度ばかしゃ大真面目だがね、君、どうかなるまいか。」
また甘えるように、顔を正的《まとも》に差出して、頤《おとがい》を支えた指で、しきりに忙《せわし》く髯を捻《ひね》る。
早瀬はしばらく黙ったが、思わず拱《こまぬ》いていた腕に解くと、背後《うしろ》ざまに机に肱《ひじ》、片手をしかと膝に支《つ》いて、
「貰うさ。」
「え。」
「お貰いなさい。」
「くれようか。」
「話によっちゃ、くれましょう。」
「後継者《あととり》じゃないんだね。」
「勿論後継者じゃあない。」
「じゃ、まあ、話は出来るとして、」と、澄まして云って、今度は心ありげに早瀬の顔を。
「だが、何だよ、私《あっし》ア」と云
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